29/03/2026
「月とモリアオガエル」
(2017年に宿泊されたゲストからのいただいた文章が懐かしく、こちらでご紹介させていただきます^ ^)
こちらは、前回からの続き。
一泊して翌日、心筋梗塞の友人との再会がかなった。酒杯を重ねることも出来た。心臓の機能は三分の二となってしまったが、飲酒を含めて特に禁止事項もないようである。だが勿論無理は禁物らしい。病気の原因は、長年の仕事のストレスもあったらしい。私が知らないところで様々な鬱屈もあったのだろう。
二泊して帰宅の日、もう一人の学生時代の友人が早朝の高山寺に車で連れて行ってくれた。拝観のある石水院開門までは時間があったので、先に奥の金堂道を登っていった。すると突然カエルらしいコロコロという啼き声が聞こえてきた。還暦を超える迄聞いたこともないような、くぐもり寂れたような啼き声が叢や岩陰のあちらこちらから、交響曲の緩徐楽章のような静謐な立体感をもって聞こえて来たのだ。だが目を凝らしても啼き声の主の姿は見えなかった。いつも話好きで機関銃のようにしゃべりまくる友人も、さすがに寡黙となり、その啼き声に聞き惚れていた。後で石水院の受付で聞いてみたところ、この啼き声の正体は、「モリアオガエル」だと言うことが分かった。世界文化遺産の高山寺と天然記念物のモリアオガエルが同居しているのだ。高山寺に伝わる鳥獣戯画のカエルはウサギに負けない程、大きく描かれているが、このカエルは本当に4~8センチと小さいらしい。見付けにくいのも確かなのである。当山開基の明恵上人も、この啼き声を聴きながら瞑想していたのかと思うと、しみじみとした感慨に満たされて来た。
ふと金堂の柱に目が留まった。そこに修復の跡があり、斜めに新しい木材が喰い込んでおり、しっかりと柱に融合していた。「月と」の添え木の打ち込みを思い出した。このような修復技術の連綿たる伝承も現在の京町屋に流れ込んでいるような気がした。今回二泊した「月と」という不思議な名前のお宿の「月と」の次にくるのは「モリアオガエル」かも知れないなとふと思った。
歴史の星霜を掻い潜って来た古い文化財と自然が共存する姿は「あるべきよう」という明恵上人が目指した理想の姿を具現しているような気もする。「月と」にも同じ風韻が感じられた。そういえば、明恵上人は、「月の歌人」とも言われ、月の明るさ、清らかさ、人のあるべき姿を歌ったと言われる。
今回の旅は、満月に照らされているような至福の時を過ごすことが出来た。その日の午後、「月と」と「モリアオガエル」に感謝をしながら帰宅の途についた。次は「月と」の後に何が入ってくるのだろうか。とても楽しみである。
※前回からの続き。
#月と